2021/08/09

いわな釣

いつだったかの夏の日に



梅雨が明けたのも知らずに いつもの様にいぬとうらやまへ散歩に行くと

すかさず広場の隅の日陰に寝転んで

でっかく口を開き
だらんと垂れ下がったベロの先っちょから次から次へとゆだれを垂らし
そしてそのままいつまでも動かないいぬ

休日特約(店が休みの日は犬優先という特約がある)ということで
約束通り一言の文句も言わずじっと待っていると
足首のあたりを蚋に喰われた
川でも滅多に喰われないのに街にて蚋喰われるとは、、、

余りにも暑いので
谿沢へでも行こうじゃなかといぬを誘ってみたが
いぬは「ここの日蔭で十分ですよ」と 


さらには「車に乗るくらいないならここにいつまででも」と


口角をおもいっきり引きつらせた大口でそう言ったのである

あくる日
はなっからいぬなどには声もかけず

出来る限り早くにうちを出て谿沢へ向かった

とはいっても
お天道様はとおのむかしに東の空どころか方角さえも良くわからないくらい高いところにあった
まあ それとて じぶんが”早くに出た”と思えればいいだけの事だから
どこになにがあろうがどうでもいいのである

二つ目の峠を越えると
夏の早朝らしく遠くには盛大にモヤがかかった山が見えた
さらには裾野あたりまでもそのモヤは降りてきていて

いまにもその端っこにある集落が覆われ隠されそうになっていた

林道にはいると
山は前の晩に相当に荒れたのだろう

折れた枝や崩れた石が道を塞いでいたりと道にはそんな邪魔物があちこちに横たわってている
そんなあり様

それだけでも如何に早くに此処まで乗り込んできたかが分かるだろう




谿へと下り始めると直ぐに流れがみえた 遠目には少しばかり水嵩が高かったが

釣ができない、、というほどでもなく(そう見えた)
実際降り立ってみると 梅雨が明けたばかりにしては大人しいくらいの流れだった



水が多いと右から左へまたその逆へと渡るのが面倒だけど

その分さかなの付き場ははっきりしているから行って来い

条件的には差し引きは零で通常通りって事になる



居て欲しい所にちゃんと居てくれて素直に毛鉤も追う
まさに真夏のいわなつりがようやく始まったといった そんな極々普通の夏の日だった


この沢の流れはミズナラやサワグルミの枝葉で出来たドームの中を流れている、、そんな様に見える

葉っぱで組まれた高い天井がどこまでも吊ってある、、そんな様相だ
ドームにも見えるが どちらかというとトンネル状と言ったほうが良いのかも知れない
とにかくそんなドームだかトンネルだかの中を出たりはいったりしながら釣りあがる


天井があっても(トンネルであっても)程よく陽が差して明るい
途中 葉っぱがうんと繁っていて あまり陽が届かず暗くなるとこがあるけど
それにしたって薄気味悪いというほどには暗転しないので実に気分が良い



そんなところをのんびり半日かそこら釣りあがる

すると 程なくして左岸に小さなガレた沢が見えてくる


そこの出合には塩梅の良い細長い淵があったんだけれど
何年か前に水が出てすっかり埋まってしまった



いつだってここへ来ては畔にぶっつぁりこんで握り飯をくったりお茶を淹れたりしたものだ

だけれどいまはその淵の傍らで休む事もしなくなった

それより ここでひと休みどころかここらまで来たら引き揚げることにしている

何故かというのは推して知るべしと言ったところだ



流れに浮いたいわなを探しながら そうやって帰りには右岸の森を辿る

あそこにあった淵が元にもどってくれとまでは言わないけれど

帰る道すがらあんな深みがまた其処此処に現れるといいなと、、願いながら

ふらい麻呂

0 件のコメント:

コメントを投稿