30 Sep 2017

つり始めに



今年はちょっとやる気がある
なんの気があるのかって云うと つりに対するその気がである


始まりは
最近としては珍しく伊豆だった
とはいっても
ワタシが河津や修善寺といった名の通った釣場へ寄るはずもなく
向かう先と云えば
ひと昔もふた昔も前に漁協が散解した小さくて静かな小沢である

だから県道から外れた細い農道らしき道端で釣支度などをしていると
野良仕事の行きしなであろう小父さんから好奇の目を向けられる
時には言葉をかけて貰える事もあるのだが
まあ10人いたとしたら9.9人までが
「こんなとこじゃ釣れねえぞ」
そんなとても心のこもった言葉を掛けてくれる

”決まり文句”とはよく言ったもので
まるでワタシが支度している3mほど前には
このセリフを書いた看板でも立っているかの様で
それくらいに皆が一字一句違わぬあたたかい言葉を浴びせてくれる
そして抑揚までもが良く似ているときている



それでもワタシに釣られる雨子がいてくれるのだ

それも ”さかななんぞ居ねえ” ”つれねえぞ” と言われたその小沢でね

だから俺様としては ”そ~れみろ掛けたぞ” となるわけで
おのずと鼻が伸びる ぐんぐんと
鏡が無いのでどれくらい伸びてるかは知れないが
きっと高尾の天狗くらいはあるに違いない
しかし 天狗もどきが斜に構え 得意顔で辺りを見回してた所で
空しいかな誰も見ちゃいないのだがね

兎に角 悲しいかな誰一人として見とどけて褒めてくれる者などはいないのである
だけれども 何方かいませんかと首を回した時なんかに下の方へ目をやると
岸際のさくら越しに霞んだ海が見えたりするのだ
それがまた素晴らしく柔らかな風景で
正直誰かの鼻をあかせなかったのは悔しいんだけれど
それよりも ”ああ誰も居なくて良かったなあ” って思うんだよ
ホントにね 少し悔しいけど それでもよかったなあってね

さくらの頃に伊豆で





四月も中ほどとはいえ
この辺りの小沢へ入り込むには少しばかり早いので
何年振りかに里の本流へ降りてみた

雨が少なく渇水気味の里川は
底石に茶色のヌルがびっしりと乗っていて
ここ数年履き続けているゴムソールの沢靴ではちょと緊張を強いられる状況だった

野良仕事中のおばちゃんに挨拶して護岸を下りると
流れの際から直ぐに山女が走った

どうやらここらのさかなは未だ釣りきられてはいないようで安心させられる

さかなが居るのが分かるだけで 自信と大きな余裕が生まれるものだ
幾ら美しい流れを遡行していても 一向にさかなの姿を見かけない時があるが
そんな日は最初の一匹目を掛けるか目にするかまでは本当に不安なものだからね

幾らもしないで
背中のゴマがやや大ぶりの山女が釣れた
その後もぽつりぽつりと



こうなると 欲がでる 
 ”一雨くれば” という思いが湧き上がってくるのだ

しかし 雨が来れば近所の猛者が鍬を置いて我先にと沢へと向かうに違いない
そうなれば他所から来てるワタシなどが残り山女に会えるかどうかは疑問である
ここは逆に雨がなかったのが良かったのだ
きっとそうに違いない

本当に釣というのは何が功を奏するかは来てみないと判らないものである
来てよかったか 来なければよかったか それは運次第である
当たり前だけど こればかりは行ってみない事には結果は出ない
だから 選択肢としては ”行く” しか道は無いという事になるのである

我ながらとても都合のいい解釈だとは思うが
釣人というのは 手前に都合の良い解釈だけで生き永らえているのだ
”オレは違う” というヒトがいたとしても ワタシはそんな奴は信用しない

という事で 二者択一だとすると この日は 来てみてよかったねと云う事なる
しかし 少しばかり運があったからといって調子に乗ると痛い目に会う
だから仕舞うには少し早い時間ではあったけれど
つりの季節も始まったばかりだし ここで欲をかいちゃあいけないなと
先に見える橋の袂からあがっていつもの豆腐屋へ向かった

郡内の里川で





四月も末になると水も温んでくる

そうは言ってもヒトにしてみればまだまだ峪沢の水は可なり冷たく
足を入れていられる時間は限られる
でも暑がりのzoeにはこれくらいが丁度良い様だ
まあこれも本人がそう言った訳ではないので
これに関しては こっちが勝手にそう見えた(思った)だけなんだが



この犬を連れて釣歩く様になってから早いもので5シーズン目になる
まったくもって月日が過ぎるのはあっという間である

しかし既に4シーズンを過ごしているというのに
この新入りときたら未だにワタシの前を行く
だから ワタシは毛鉤を振っている間中大きな声を張り上げなければならない

それでも時々判ったような顔を向け
左斜めで後ろでワタシの釣る姿を眺めている時などもある
ひょっとすると?
まんざら?
理解していないという事でも無いのかもしれないなと思うのであるが
実の所はそうでもないらしい、、、が そうやって騙されるのも時には幸せなものだ

まあいずれにしても
犬の愉しそうな姿を眺めているのは愉しいからと大体何時も大目に見ている
バシャバシャいかれるとそれは少しは腹も立つが
別にさかなが逃げいったからと言って それでワタシの一生が終わる訳ではないからね
だけど ここは良さそうだ しっかり毛鉤を振り込みたいなというような
そんな好適場が現れると 
やつも同じ事(意味は違えど良さそうだと)を考えているのか
決まって其処へ向かって走りだすのである
あの絶妙なスタートを切るタイミングときたら、、、理解に苦しむ
仮に嫌がらせだとしたら 何もかもを理解しているって事になるのだが
いやいや 間違ってもそうでは無いだろうがね 



さて今シーズンはどれくらい成長してくれるのか
それとも期待を裏切られ続けるのか
何れにしても今よりも後退だけは無いとよいが

とにかくそう願う

けれどこれはあくまでもワタシの希望だから
犬がいまのままで居たいと云うのなら
これ以上は望まないよ
今でも十分幸せなのでね

何時もの峪沢で

〈初夏のつりへとつづく〉

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