14 Jul 2016

釣へでも行こうかね



 zoe もとうとう四つになった




誕生日はもう何週間も前だったけど わたし達にとっては 未だに数日前の事のよう
それより何より この zoe がうちにやって来たのさえもそう感じているくらいなんだ




euro の年にやって来た zoe

いつも贔屓のチームは負ける
今年も いつも通りにそうなって
いつも通りに何処かの国のチームが歓喜したのを観て終わった
次は zoe が8歳の年には どうか違う結末になりますようにと 今は祈ろう
それから 次の euro テレビ観戦も 傍に元気な犬が寝ていますようにとも




毎夜毎夜 夜更かししの原因だったそれが終わると そろそろ梅雨も終わる

そうなると ここまで何かにつけてグズグズしてたワタシも
少しだけ 釣にでも行こうか と言う気持ちが膨らんでくる

真面目でやる気のある釣の衆らは とっくに それこそ雪が解けないうちから
彼方此方の谿沢でいい気持ちになってることだろうが
ワタシの釣はじめといえば大体いつも四月の終わりか五月
下手をすれば六月くらいから始まる事もある

このままだと
来年くらいには始まりが盆くらいになるんじゃないかと
まさにそんな具合である

 

今年は店の移転とか 何かと落ち着かない事もあって
さてさて、、といった感もあったが 幸運にも誘ってくれる友人が居てくれたおかげで
euroが始まる前に すでに早々と自身の漁期は始まっている



細かい事を言えば
小一時間の谿歩き程度なら 犬と一緒に何度か行ってはいるけれど
やっぱり釣というのは 根を詰めて釣らないと如何もイケナイのだよ



根詰めるというのは ちょっと言葉がオカシイかもしれないけど
まあそんな気持ちでやると愉しという意味だ
いや 違うかな
単に 入れ込んでやらないと気が済まないって事かもしれない

とにかくそれっていうのは 釣って釣って釣りまくるって意味じゃないのは確かで、、
まあ そいうのも愉しいし そんな日があってもいいけどね

とにかく歳を食ってからというもの(食う前からビクビクしてるが)
何かにつけて辺りの気配が気になるのである

その類の話からは少し違うが(類が何かは敢えて無視したい)
例えば 朝一で 運良くクワガタなんか見つけた日には
もうその日はクワガタに意識を持って行かれっぱなしなのだよ
(なのでそれが得体の知れない影だったりすると もうその日は台無しだ)

倒木を踏み越える度に クワガタは居ないか カブト虫はいねえか なんてね
(その先の淵を曲がったとこにドンヨリとした何かが居ないだろうな なんて)

だからあっちにこっちにと それはそれは集中力が必要なんだ
だから一日がすごく短くて 本当にあっという間に終わるんだな

きっとそうやってふと気がつくと 
”あれっ いつの間に墓に入ってるわ” なんて幸運な大往生が待ってたりするんだろうね
とは云えまだまだ死ぬ気はないがね




そういえば
この間 久しぶりにまさやくんと釣にいった

”滋さんが何処かへ釣に行こうって” 
で何処か良い所ないかな なんて ワタシなんかの倍も谿沢へ通ってるクセにね
でもそうやって誘ってもらえるのも幸せだよね

せっかくなので懐かしい白い石の谿へいった

じきに六月になろうかといった 新緑の頃だった
いつもならまだ早いんだけど 今年はあったかい日が続いたからきっと良かろうとね



三人とも黙々と釣った
適当に前を釣ったり後ろに回ったりしてね

まさやくんは随分と久しぶりだって言ってたけど
あれは釣れなかった時の言い訳にする積りだったに違いないな
でもそうは為らなかったけどね



まあ何十年も同じ釣をしてきた訳だし
自転車乗るのと一緒で これは忘れっこないよね いくら久しぶりだからって言っても

現に大きなのを幾つも釣ってたよ
あの人は年長者に気い遣うって事しないからね
でも接待じゃあないから良いんだろうさ まあそれとてよくは知らない世界だけど



いつもの事だけど 帰りの車中ではほとんど釣の話なんかしなかった
だってさ 散々釣った後でだよ 毛鉤がどうのとか振込み方が云々なんて
もうどうでもいいじゃない
釣れる時は釣れるんだし ダメな時はダメなんだからね

とにかくそういうのが心地良いんだよ
根詰めてやって 終わったらお仕舞いっていうのがね





犬が四つになったとか
ぼちぼち魚釣行ってますとかいう話だったはずですが
勢いこのままでは あと何度くらい魚つりへ行けるだろうか
とかいう変な話になっちゃっいそうなんのでこれで仕舞いにします

さて そろそろ釣へでも行こうかな、、、犬連れて、、。

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