”そんなとこまで(上流に)行けば簡単に釣れるでしょ” って
むかしむかしの事ではありますが よくそんな事を言われたものです
あの時分は
孵化する羽虫を狙って魚が跳ねる
それを釣り人が待つ
いつまでもいつまでも、、、
そんなスタイルの釣りをする方が大勢を占めていたのかも知れませんが
それにしたって よりによってそんな言いぐさもなかろうと
それはもう大したご挨拶もいいとこではないか と思ったものでした
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| 春先には多摩川で大きなウグイ釣りに 渓流が始まれば谿へ それが終われば山へと いつでもどこへでも同行してくれた犬 |
そんな頃ですので
比較的近場の里川や便の良い谿沢などへ行くと
往々にして
胴長を履いたまま河原に座り微動だにしないフル装備の釣り人に遭遇するのでありました
此方はどんな川や谿沢であろうと
ひたすら先の瀬や淵を叩き上がる釣りをしていましたので
その先のぶっつけを抜けた所に
果たしてそんな人が難しい顔して陣取っておられるなど知る由もなく
いつも通りに奇声を発したり 悪態をつきながら釣りあがっていくのです
するといきなり 狭苦しい河原に座る御人が視界に入ってくるではありませんか、、、
そのお方は何をしているのかしていないのか
まあだいたいガタパウトチェアに座って(あくまでもイメージです)此方を見据えるているのでありました
おまけに 彼方は高確率で無愛想ときています(イメージです)
此方が ”こんにちは、、、” と力の限り愛想よく挨拶をしたところで
良くて一度 コクっと頷くくらいの反応しか返ってこないのでした
はて あの人らは 魚がなかなか跳ねないから不機嫌なのか
それとも私がシモから釣り上がってきたのが不本意なのか
はたしてその両方だったのかもしれませんが
とにかくそんなところに出くわすと
あちらもそうであったのかも知れませんが
こちらは向こうよりもうんとモヤっとした心持になったのであります
彼方はその淵に陣取り
此方はその先の瀬やそれに続くであろう棚へ向かいたいという状況で
それはどうにも相容れない関係にあると考えられました
となれば できる限りそんな望まない出会いを避けるべく
お互い大切な一日を快適に過ごせるようにするにはどうしたら、、、と考えたのでしょう
当時は此方がある程度若手で
彼方は凡そ大御所タイプといった形勢でした
だからという訳ではないのですが
必然的に此方側が回避行動を工夫し模索するというのが自然な流れであった
と勝手に解釈し 実際そのように行動したのかもしれません
如何したらよいのか 何処へ行けばよいのか、、
先ずは大きくプリントされた地形図とそれをひらげる大きなテーブルが必要でした
地図は 大体どこの本屋でも大きな引き出しにしまってあり
それは皴一つなく
手が切れそうなくらいにピンっとしていて
何段にも分かれて収納されているのでありました
おまけに全部欲しい、、と思わせるような眺めでもあり
ただ そう思わずともおおよそ端っこの切れかかった沢のその上が肝な件が多く
嫌が上にも二枚 処によっては四枚ともども買わざるを得ない
なんて事もあったのでした
図が手に入れば今度は大きなテーブルです
生憎ですが
A1をひらげて更にマグカップやら物差しなどを置ける机やテーブルは
狭小住宅住まいの身には縁がありません
なので事あるごとにファミリーレストランの隅の席を目指したのでありました
そこでワタシたちはA1大の地図をひらげ何時間も眺め
不毛な時間を過ごしたのです
そして目星を付けたこの水線がキレたその先は一体どんなであろうか、、
この等高線が緩んだ狭間にはきっと都合良くひらけた明るい谿間があるはずである、、
とまあ そんな妄想を膨らませ 甘い夢見るのでありました
それはまるで根拠のない確信と思い込みだけの世界であったのですが
しかしまた その時だけは幸せな夢を見ることが出来たのも事実です
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| この時は 次の小滝を超えたところで水流が消え 幕営装備を一度も解かず 夜遅くに車止めに戻ったのです |
その根拠のない確信と思い込みによって得られた結末の多くについてですが
”あまり上へ行くと人も居ないがさかなも居ない”
更には
”地図の表記通りに水も流れていない”
という事が高確率でありました
けれど たとえ多くの結末がそんなであったとしても
”人はいっぱいだけどさかなが居ない”
よりは
”さかなは居なかったけど人にも会わずに済んだ”
のほうがうがうんとマシに思えたし
多少の悔しさはありましたが
不思議と穏やかな心もちで山を降ってこれたのでした
| あの頃は(三十年ほど前) この子ら(犬たち)を連れで釣りに行こうが山へ行こうが 幸運にも誰にも文句を言われたことはなかったけれど 流石に三代目のzoeを連れ歩く頃になると可なり肩身の狭い雰囲気になった |
最初に戻って ”簡単でしょ発言” についてですが
正直
簡単です
辿り着けさえすればといった条件はありますが さすればこっちのものです
ですが 面と向かって簡単でしょって言われると 正直かちんと来るのですよ
なぜなら 辿り着こうとさえしない奴らにそんな言葉を浴びせられてもねって
そんな感じでしたので
でもまあ 正直簡単なものは否定のしようがないので致し方ないところでもありましたが、、、
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| うんとバカだった頃 よそ様を出し抜こうと山越えを試みる はままつくんと |
当たり前ですが
人があまり入っていなければより単純で簡単になるのがこの釣りです
簡単な釣りはストレスもありませんので
あらゆる意味で小難しいよりも楽しく過ごせます
楽しく過ごせるという事は大事です
特に精神面においては、、
但し どこまで単純で簡単であるべきなのか それが問題と言えば問題です
(なにも問題ではないのですが こうでも言っておかないといけない気がしました)
これについては(楽しいと感じることには)個人差があります
単純に簡単で快適な方がいいのか それとも やや小難しく難解な方に重きを置くのか
どちらも取りようによっては楽しいとなりましょう
ただ 一つはっきりしているのは どちらも度が過ぎると興味を失う恐れがあるという事です
なので 飽きない程度に単純で簡単
若しくは 折れない程度に小難しいのが良いのではと思われます
改めて言われるまでもないと思いますが
皆さんそのへんの塩梅を巧い事図ってこれからも釣りを楽しみましょう
但し 色々な意味でその域へ辿り着ければの話ではありますが
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| 行きに半日かかったって事は帰りも同じだけ掛かるってことです そんな事は考えるまでもないので端っから泊支度で向かいましょう |
最後にもう一言、二言三言、、、ふと思い出した 「簡単でしょ」への小さな抵抗です
あれほど上流域で釣りをしていたワタシらに向かって
”そんなとこいきゃだれだってつれるよな” とか言ってた ”くせに”
今や 猫も杓子も 上へ上へという風潮と来ています
ワタシらにそんな言葉を浴びせた人たちの中にも
きっと そんなネコか杓子の一人や二人いるんでしょうね
きっと そんなネコか杓子の一人や二人いるんでしょうね
別にいいですけど、、、
とにかくこういうのは流行りなので仕方ありません
しかし 流行り物はまったく好かない性分なので
”この期に(どれを期にかわからないけれど)オレら(道連れを伴って)はシモへ下ろうかな”
それも良かろう、、、と思い始めています
なんだなんだ
”足腰弱った言い訳かぁ”
きっとそう受け取られたかもしれませんが
そう受け取って頂いても全然構いません
それに諸々誰も気にしてはいないでしょうから
いずれにしても どうか みなさまご安全に
ふと 目をとじて ふと 思い出して
ふらい麻呂





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