2026/06/26

枝沢のいわな

 


まだ六月だというのに
真夏の様な暑い日が時々やって来くるけれど
そんな陽気に浮かれつられて奥地へ向かったりすると
まだまだ薄ら寒く綿入りの上着が必要な事しばしばです



暦も初夏を過ぎて
あちこちの通行規制も解かれ
ここぞとばかり皆さん上へ上へと向かっているに違いなかろうと
ならばひねくれ者は迷わずシモ手へと向うのです

コソコソ辺りを見回しながら身支度を整え
誰にも見られない様に速足で灌木帯へ飛び込み
掴まれる物にぶる下がりながらその支尾根を下るのですが
いつまでも里でブラブラしていたこともあって足まわりがいかにも怪しい
それでもぶる下がるのに不自由しない頃合いの枝葉が彼方此方にあって
お陰様でどうにかなったのでありました


昨日か一昨日か
確かに雨が降ったはずなのに
流れは何時も通り低く少しばかり落胆させられたのですが
逆に高圧な水流に気圧される事もなく
のんきに釣り上がれる事に安堵したのでした


本谿のいわなは雨後のせいもあってか
それとも皆が上へ向かってしまったせいなのか
果たしてその両方か
兎に角
水が低いにも関わらず 彼等は何時になく素直で
それこそなんの不満もない いわな釣りらしい釣りとなりました


明くる週は奥の枝沢へ
しかしそこは 度々(行く度に)愚痴りたくなる件の枝沢なのです

いい加減放って置いた(ワタシなりに)ので
そろそろ良かろうと思い向かったのですが
結局のところ
一度荒れた流れは 特に近郊の沢というのは 
十年や二十年では回復の兆しすら見られないのが現実のようです

此処の事で以前にも何かに記した事があるのですが
その内容を見た友人(既に故人となって久しい)が
”ここらの人間が言いそうな(やりそうな)事だ” と言っていた事が忘れられません

それは此処の沢へ通うようになって十年ほど経った頃に
突如として現れたお触れ書きの様な物の一件についてでした

確か最終堰堤を越えた辺りだったか、、
強い文脈で書かれたお触れ書きが突如として掲げられていました
そこには誰かを名指しするように車のナンバーまで記され
文末には ”地元の釣り人より” との署名がありました

もちろんワタシが名指しされている当事者では無いのですが
その掲示物からは 余所者を遠ざけたいといった感がひしひしと伝わってきたのでした

後日(数年後に)再び訪れると その文面は修正され
書き出しが ”お願い” に変わっていたのですが
先の攻撃的な文面を読んでいる身には更に恐ろしく感じたのでありました



結局
あのお触れ書きが現れた頃と時同じくして
この沢の*居つきのいわなは姿を変え
放流盛んな河川でよく見かける
それこそ何処にでもいるような画一的な姿のさかなに入れ替わってしまったのでした

お触書の主らは
さかなが減ったのを憂いて稚魚や卵を入れたのであろうと思われます
その事自体はわからなくもありません
けれど 出来る事なら何もせずに放って置いてほしかったなと切に思うのです



全く持って年寄りの昔話で申し訳ないのですが
あの頃は まるでトラ柄の様なのが居たり
夕張メロンみたいな色をしたのが居たりして
釣り上げる度に次のはどんな奴なのかと本当に愉しみでした

釣りあげ 寄せる度に ”白いの” と叫び歓喜していたのです
あれは本当に遠い昔の思い出となってしまいました

この状況は少しシモで合わさる本流筋でも同様です


プラスティックボトルに次いで多い餌のケース

本流はもちろん谿筋にもゴミがやたらと増え
流れに沿う朽ち果てていた杣道だけがやたらとこざっぱりして
皮肉にも立派な村道でも出来たのかと思うほどに歩きやすい道然となっていました

それでも
うんとたまに昔の面影を残すいわなが掛かります
まだまだここも捨てたもんじゃねえだろとでも言っているのかもしれません


橙色のいわなが居た谿で
ふらい麻呂

* 三十数年前に居たこの谿のいわなが居つきだったかは不明です

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